いまにも降り出しそうな空の下、僕たちは快適なクルージングを続けたが、オホーツク海を見渡す頃にはついにレインウェアを着込むことになってしまう。
そしてお楽しみの昼食は、昨夜のディナーに続いて北海の幸たち。カニやイクラが贅沢に盛られた海鮮丼と荒汁を、目の前にある海も見ず一気にかっ込む。熱いお茶を飲んでようやく一息し、それが胃に収まる頃には「よし行くぞ!」という決心がついた。
この先も灰色の空から雨が降り続くとわかっていながらも走り出していく、この少し馬鹿げた感覚はもしかしたらバイク乗り特有のものなのかもしれない。なんてことを考えつつ「次はロードグライド ウルトラにしよう」などと、心はこの状況を思いっきり楽しんでいるから我ながら可笑しい。
知床横断道路のハイライトは、知床連山の尾根筋にあたる標高738mの知床峠。そこから眺める羅臼岳の景観、そして天気が良ければ遠くに望む国後島がいかに感動的なものなのかを僕はよく知っているが、それは記憶のなかにしかなく、いま目の前にあるのは白く霧がかかった薄ら寒い山岳路が続くだけ。知床峠の駐車場には観光客の気配すらなく、僕たちはパーキングに入ることもせず一気に羅臼を目指した。
この最悪なコンディションでもロードグライド ウルトラは雨と濃霧を切り裂き、LEDデュアルヘッドライトが行く先を明るく照らし続ける。エアロダイナミクスによって優れた空気抵抗を実現するシャークノーズフェアリングが大半の雨粒を吹き飛ばし、トールスクリーンとロワーフェアリングとの相乗効果によって、さほど濡れずに済んでしまう。
冷静に考えれば、なんの面白味もない移動区間でしかない。冒頭にも書いたように、ライダーなら誰もが憧れる北の大地でさえ、雨はオートバイにとっては大敵でしかなく、すべてを台無しにしてしまう。
言うまでもなく2輪という特性から、タイヤが滑れば転倒してしまうかもしれないし、こうして雨が降れば剥き出しの体はズブ濡れになり、対向車あるいは追い抜いていくトラックからは地面に溜まった泥水を容赦なく全身に浴びせられる。
にも関わらずだ。僕は鼻歌交じりでこのツーリングを心底楽しんでいる。雨天時のブレーキはライダーにとってとても不安なものだが、ハーレーダビッドソンの2輪機種すべてには前後輪を連動させて最適な制動力を生み出すリンクドABSブレーキが標準装備され、たとえパニックブレーキをかけたとしてもホイールロックは回避され、安全を保つ。
そしてスロットルグリップを捻り続ける右腕の手首は長時間の走行で疲れを感じる頃だが、オートクルーズコントロールでの速度キープ機能によって疲労は皆無。この装備は慣れてしまえば手放せないものとなるだろう。電子制御スロットルがもたらした大きな恩恵と言える。
ライディングを退屈なものにしないための装備はまだある。ミルウォーキーエイトの鼓動に身を委ねているだけでも充分に楽しいものだが、ロードキングをのぞくツーリングファミリー全機種には独自のインフォテインメントシステムが備わり、これによってお気に入りの音楽を走りながら聴くこともできる。
スマートフォンやポータブルオーディオプレーヤー、あるいは音楽ファイルを記録したUSBメモリーステックとの接続が、USBやブルートゥースで簡単にでき、もちろんラジオも受信可能だ。
操作は6.5インチのタッチパネル式カラーディスプレイでできるから、濡れたグローブ越しでも手間取ることなく使い勝手がいい。さらにウルトラリミテッドに限っていえば、6段階調整機構付きのグリップヒーターまであるから手は絶えず暖かい。雨が落ちてきてからは、このモデルが取り合いになったのは言うまでもない。
知床半島の羅臼側とウトロ側では天気がまったく違うことは知っていたが、今回もその通りになった。羅臼側に峠を下ると、なんと晴れ間が見えてきたではないか!
雲の間から差し込む光がこんなにも眩しいのは、つらい雨を知っているから。昨日見た空よりも、目の前にある雨上がりの空はいっそう青く澄み渡っていて、僕たちは歓喜の声を上げずにはいられなかった。レインウェアを脱ぎ、アクセルをより大きく開けると、その巨体が軽々と加速していくからスロットルレスポンスの鋭さに感心してしまう。
それにしてもタフな旅の相棒だ。アップライトなハンドルとフットボードからなる自由度の高いライディング姿勢、そして座り心地の良いシートで、いくらでも走っていられる。荷物をスッポリと収めるラゲッジスペースがどのモデルにも備わり、今回のように雨に見舞われても一切濡れずに済むのもいい。もう、このままずっと走っていたい…。北の大地で過ごした高校生の夏に感じた、家でまがいの感覚を思い出し胸が熱くなる。
しかし旅の終わりは必ずやってくる。オホーツク海を離れると、ゴールである女満別空港はもうすぐそこ。フィナーレに相応しい曲はなんだろうかと考えるけれど、このままミルウォーキーエイトの鼓動を感じていたかったからオーディオはやめておいた。
マラソンランナーのように一定の速度で走り続けることが得意で、走っても走っても飽きが来ない。そして「また旅に出よう」と語りかけてくれるかのような頼もしき相棒。僕がオートバイに乗ろうと思った原点である「ここではないどこかへ…」いう願望を確実に叶えてくれるのが、ハーレーダビッドソンなのかもしれない。
そしてミルウォーキーエイトはその持ち味をより高めている。ドコドコとした鼓動感がより強調され、長い距離を走れば走るほどにその素晴らしさが見えてくる。次の旅がもう楽しみで仕方がない。
Text:モーターサイクル ジャーナリスト 青木 タカオ