1907年に始まり、現在も当時と同じように公道を閉鎖して行われている世界最古のオートバイレース、マン島TTレース。日常の空間である道路が一瞬にして非日常のサーキットと化し、攻略の難しさや過酷さ、多彩な関連イベント、長きに渡る歴史や伝説の数々がライダーたちを魅了し、毎年世界中から島の人口に匹敵するほどのバイクがこの小さな島に集まります。
ハーレー乗りは、ロードレースのメッカであるマン島においてはやや珍しい存在ですが、バイクを愛するスピリッツはレースバイクもハーレーもみな同じ。
今回、マン島TTレースで出会ったバイカーたちを、マン島歴23年の小林 ゆきが紹介します。
島の南の街、風光明媚なポートエリン。各国国旗を掲げ、TTを訪れたビジターを歓迎する。
グレートブリテン島とアイルランド島の間にある、淡路島ほどの大きさのマン島。この小さな島で1907年から年に1回行われているオートバイのロードレースが、マン島TTレース(以下、TT)です。
TTは1周60kmの公道を閉鎖し、クラスによって4周から6周をタイムトライアル形式で競う「公道レース」です。世界中からのべ500人ほどのライダーがエントリーし、6クラス・9レースを予選含め2週間の日程で開催されます。
公道レースなので基本的には柵などない場所で観戦することができ、文字通り目と鼻の先……、ほんの1メートル先を時速300キロ近くで走るマシンを観られるとあって世界中から毎年、人口8万人ほどの島に5万人前後のビジターが集まります。その多くはフェリーを乗り継ぎ自前のバイクで訪れるライダーやバイカーたちです。中には北米やアフリカから自走で来る強者も。
目と鼻の先でクローズドサーキットと変わらないスピードのレーサーが公道でレースする。グリーンのトンネルが目にまぶしいサルビストレート。レース時は時速300キロを超えるスピードが出る場所だ。
この時期、サマータイムが適用されることもあって夜10時過ぎまで明るいので、レースを観戦したり、緑あふれる島をツーリングしたり、島のあちこちで行われているイベントを見たり、パブで飲み明かしたり……と、みんな様々な楽しみ方でマン島を堪能します。
普段は羊や牛の放牧地だがレースウィーク中はバイク駐車場になる。
今年は大規模な野外コンサートも開催された地元ビールメーカーによる名物ビアテント“ブッシーズ”。
2週間のTTウィーク中は、島のあちこちでさまざまなイベントが行われます。なかでも、地元のバイククラブ「Moddey Dhoo」(マン島語で「黒い犬」の意味)が主催しているカスタムコンテストは人気のイベント。今年は古城があることで知られるピールで開催されました。
カスタムコンテストを取材しに向かおうとしたとき、バイク駐車場所にいたバイカーの二人。帰りがけにもまだ同じ場所にいたので声をかけてみると、朝から一日中この場所に座っておしゃべりしていたのだとか。
二人は地元マン島のバイカーで、カール・ブライドソンさんは2004年式のROAD KING、ジョン・オリバーさんは2011年モデルのSOFTAIL FATBOYに乗っています。
普段は休日にマン島を走り回っているほか、イギリスやヨーロッパをツーリングして楽しんでいるそう。カスタムコンテストそっちのけで、バイク談議が尽きない様子でした。
TTとはTourist Trophyの略で、直訳するならば“旅行者杯”。初期のTTでは燃費もレギュレーションで定められていて、まだ一般に普及していなかった四輪/二輪自動車の信頼性をテストしアピールする場でした。現在のTTコースと同じ1周60kmのコースに変更された1911年のシニアTTクラスでは、アメリカのメーカーが1-2-3位を独占するなど、当時のTTは北米とヨーロッパ各国の自動車産業の優位性を争う場でもありました。
ハーレーダビッドソンとTTの関係は長く、1960年代にはハーレーとの提携で生産されていたイタリアのアエルマッキが数多く参戦。250ccクラスで健闘していました。
また、TTが世界グランプリシリーズのカレンダーから外れ、現在のスーパーバイクの元となった市販車改造のフォーミュラクラスを創設した1970年代には、世界的バイクジャーナリストのアラン・カスカート氏などがハーレーでTTに参戦していました。
現在のマン島では、TTウィークのときに開催されているイベントで往年のマシンを見かけたり、博物館でその歴史の片鱗を感じることができます。
TTウィーク中は世界中からバラエティに富んだ年式や種類のバイクが集まるので、島のあちこちで「オーナーズクラブ・ミーティング」が開催されます。
イタリアン・ミーティングはその名の通り、イタリア車の愛好家が集まるイベントですが、なんとハーレーのエンブレムを見つけました。ハーレーがイタリアのアエルマッキ社と提携して生産していたモデルです。このミーティング唯一のアエルマッキを持ち込んだのは、バイクが大好きでイギリスからマン島に移住してきたジョン・ダルトンさん。古いホンダのコレクターとして知られている方ですが、この日は素晴らしいミントコンディションの1962年製アエルマッキをお披露目していました。
島の南ポートエリンに集まったイタリアンバイクの愛好家やファン、それを見に来たビジターたち。
ピカピカのアエルマッキでミーティングに参加していたジョン・ダルトンさん。
一昨年にオープンしたマン島モーターミュージアムにひっそりと展示されていた赤いマシン。どう見ても2ストロークマシンなんですが、よく見るとハーレーのエンブレムが?!
じつはこれ、1970年代に生産されたハーレーとしては極めて珍しい2ストロークエンジンのレーサーです。どんな背景があるマシンなのか、どんなライダーが乗っていたのか、日進月歩でテクノロジーが発展していた70年代を想像しただけでワクワクしてきます。
いまにも走れそうな状態までレストアされている2ストロークのハーレーRR250。
こちらもモーターミュージアムに展示されている1992スポーツスター。
マン島で長年バイク博物館を運営しているマレー・モーターサイクルミュージアム。私設ミュージアムですが、先代から引き継がれた新旧さまざまなバイクが、これでもかと凝縮し展示されています。
せっかくなので、ハーレーはありますか?と尋ねてみると……。
「ハーレー?ポテトじゃないのかい??」とおどける博物館オーナーのピーター・マレーさん。そんな冗談も許されるのはマン島の長い歴史があるからこそ。
まぁ、レースの島ですから仕方ありません。
それを笑いながら見ていたレストア担当のピーター・ネスビットさん。「ハーレーならガレージにあるよ!」と言いながら自分のバイクを出してきました。
元格闘家だったピーターさんは現在、このハーレー以外にも全部で10数台のバイクを所有しているとか。「老後の年金がわりだね」なんて言っているけれど、いかに大切にしているかは、ハーレーのコンディションからわかりますよね。
近年のTTレースは再び市販車改造クラスだけとなりましたが、最新鋭のスーパーバイクで競われるクラスばかりなので、ハーレーでのエントリーはありません。
それでも、ハーレーを駆ってマン島を訪れるバイカーがここ数年で増えてきたなと感じます。平均時速約220kmものスピードで競われる世界最速のレースTTは、冒険心をくすぐるという点においてあらゆるバイカーを魅了するのでしょう。
ヨーロッパ以外からのビジターも聖地マン島を目指してバイクでやってきます。
ラムジー・スプリントと呼ばれるドラッグレースイベントで出会ったバイカーカップルは、アメリカから来たダク・ワットキさんとブルガリアから来たポリナ・マリノバさん。2003年式の1200スポーツスター100周年記念モデルに乗ってやってきました。いったんブルガリアに寄ったものの、2000kmかけて走ってきたそうです。ドイツ製のアドベンチャーバイクに対抗するべく、フロントを21インチ・リアを18インチホイールに換装し、チェーンドライブにカスタムしたと言います。「ハーレーだって、どこへでも走れることを証明したくて!」と熱っぽく語っていました。
ハーレーにしては珍しいアドベンチャー系へのカスタムが施されている。
23年間マン島に通っていますが、本当に最近はハーレーが増えたと感じます。とくに増えたのが、年式が比較的新しそうなモデル。イギリスやアイルランドのナンバーはもちろん、フランスやドイツ、イタリアなどヨーロッパ大陸からのバイカーも珍しくありません。レースだけでない魅力が詰まったマン島TTレース。これからもハーレーの輪が広がっていくことでしょう。
Text & Photos:小林 ゆき
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