世の中、自由気ままに出かけることがままならない状況となり、仕事もリモートワークに切り替える会社が増えてきた。自分も世間の人たちと同じく、春からはほぼ毎日を家で過ごす生活。ふたたび手に入れたばかりのバイクに乗ることもできずにいた。元々、インドアなタイプではなかったので、日々家に居続ける違和感と友人たちに会えない味気なさ、そしてバイクに乗れない状況が重なり、正直なところ、かなり萎えていた。
夏前に手に入れた、ハーレーダビッドソンのストリートロッド。誰もがイメージするハーレーとは少し趣が違うストリートテイストが、個人的には結構気に入っている。去年、何気なく顔を出したイベントで、グラフィックアーティストGraphersRockが手がけた斬新でクールなアイアン1200に衝撃を受け、自分の中のバイク熱が再燃。今年、再びGraphersRockコラボのモデルが登場、しかも限定販売されると聞いて、即応募した。そして運良く手に入れたのがこの「STREET ROD® “FREEDOM” EDITION designed by GraphersRock」だった。ブラックアウトされたボディに一段と映える、色鮮やかなグラフィックのフューエルタンクがたまらない。
しかし、実際のところ手に入れてからは数えるほどしか乗れておらず、最近は乗るきっかけをずっと探していた。そこで、ふと思いついたのがモーニングライドだった。都内であっても早朝であれば交通量が少ないので気分良く走れ、また人も疎らなので密も避けることができる。さらに、リモートワークという状況も幸いに、早めに戻って来れば、仕事にも差し支えることはない。そんな風に思いを巡らせ、早々に準備をして眠りについた。
いつもよりかなり早い時間に設定したアラームに起こされ、冷たい水で顔を洗って、ライディングギアを身に着けてバイクへと向かう。辺りはまだ暗い。少し寂しげに佇んでいたストリートロッドに近づき、キーを差し込む。キーを回すとヘッドライトが眩しい光を放ち、イグニッションをオンにすると「待ってました!」とばかりに心地よいサウンドを奏でた。特にルートは決めず、とりあえず馴染みの渋谷に向かった。
ハチ公前近くに着くとまだ早朝だというのに、人の姿が意外と多いことに驚いた。流石、“眠らない街” 渋谷を実感。テンションの高い朝帰り風の若者やまだ夢見心地のサラリーマン等、人間観察をするのも意外と楽しい。
まだクルマの往来も少なく、昼間では考えられないほど、スイスイと気分良く走ることができる。渋谷から原宿へ、流れる街の風景もいつもとは大きく異なり、何となく寂しげに映る。ただライダーとしては、道路を独り占めしている感覚が味わえ、幸せを感じたりもした。
久しぶりのストリートロッドはすこぶる快調、ドラッグバースタイルは、ポジション的に少々アグレッシブながら軽快なハンドリングが走る気分を盛り上げてくれる。アーバンスポーツモデルというだけあって、コーナリングが楽しく、加速感もしっかりと味わえる。だが、今朝はしばしアクセルを緩め、静かな都会の風景を味わった。
折角のモーニングライド、スピードを上げなくても気持ち良く走れる状況を満喫しようと、しばらく街をゆっくりと流すことにした。表参道から青山、そして六本木方面へ。少し寒さは厳しいが、爽快に走れることが何よりも嬉しい。個人的に活気溢れる賑やかな都会が好きだが、たまにはこんな静かな街もいいなと思えた。
徐々に空が明るくなってきたのに気づく。“1日のはじまり”を告げる光を体に浴びながら、少しだけスロットルを捻る力を強め、何となく海の見える方へと向かった。
バイクで向かうべき場所として、ライダーの多くがパッと頭に思い描く場所“海”。自分も同じく、目的地を決めずに走る際、何故か不思議と海の方に向かってしまう…。絶景の朝陽の下を走るにはレインボーブリッジしかない!と思い、芝浦方面へバイクを走らせた。
その途中、朝陽が登る前の空が気持ちよく広がっていたので、少しバイクを止めて移り変わる空と静寂な時間を味わった。
移り変わっていく都会の空を眺めながら、タイミングを逃してはいけないとレインボーブリッジへ向かう。1日の始まりを告げる朝陽、“ライジングサン”という言葉の響きも良く、気分を上げてくれる。首都高もオールクリアで、橋にかかる頃にはジャストで朝陽に出会うことができた。まさに「美しい」の一言で、風と朝陽を全身に浴びながら、その一瞬は、沈みがちな気分や凍えそうな寒さを忘れて、黄金色に染まった景色を堪能した。
レインボーブリッジを渡り切った後はすっかりと明るくなっていた。
陽が登った東京の街を横目に交通量の増え始めた首都高を走り、渋谷へ戻った。ライドの締めは、やはり一杯のコーヒー。バイク&コーヒーという言葉の響きや、いかにも画になりそうな雰囲気の良さもあるが、特にこの寒い時期は、冷えた身体を優しく温めてくれるという理由も大いにある。店は決めていた。最近お気に入りのコーヒースタンド、ちょうど道玄坂を上りきったくらいの場所にある「ABOUT LIFE COFFEE BREWERS」だ。
街角にさりげなくあるコンパクトな店舗で、海外のようなスタイリッシュなデザインの外装が目を引き、コーヒーの香りが人を引き寄せる。ここのコーヒーは、浅煎りで色合いは薄め。サードウェーブコーヒーと言われ、豆本来の味わいを楽しめるフルーティでスッキリとした味が特徴、1日に何度もこの味を求めて足を運ぶ人がいるというのも納得できる。スタッフが現地まで豆を買い付けに行き、新鮮が故に浅挽きが活きるそうだ。
スタッフの方が丁寧に淹れてくれたコーヒーを一口。冷えた身体に温かいコーヒーが染み入る。飲み干す頃には、改めて身体を目覚めさせてくれていた。さぁ、帰って仕事に取り掛かろうか。再びストリートロッドに跨り、軽快にキーを回した。
ライディングの満足度は人それぞれ、時間や距離だけではなく、選んだルートでも変わってくる。今回のモーニングライドでは、改めて朝陽の特別感、そしてライド後の一杯のコーヒーのありがたさを感じた。走る時間帯を少し変えるだけで普段走り慣れた街の景色が違って見えた。今まで気づくことのなかった見方や価値観を感じることができたのも「新しい常識」を迎えたこの時期だからかもしれない。また走ろう、そう思えた。ただ跨り、走るだけで気分を変え、喜びやエナジーを与えてくれるバイク。きっとこれからも永い付き合いになるだろう。
取材協力:ABOUT LIFE COFFEE BREWERS
東京都渋谷区道玄坂1-19-8
TEL 03-6809-0751
営業時間:[月〜金]8:30-19:00[土日祝]10:00-19:00
定休日:無休
URL:https://www.about-life.coffee/
Text:安室 淳一
Photos:安井 宏充