ハーレーダビッド ソンジャパンでは現在、「SEEK for FREEDOM」というコラボレーション・プロジェクトを発動中だ。ファッション/音楽/アートの垣根を越えたアートディレクションで活躍するGraphersRockの岩屋 民穂氏が、スポーツスターファミリーの『アイアン1200(XL1200NS Iron 1200™)』をベースにオリジナルデザインをクリエイト。カスタムモデルを仕上げるだけでなく、実車完成後には「ハーレーダビッドソン×音楽×デザイン」が体験できるエクスクルーシブなイベントを開催予定。そのすべてが「自由を探し求める」という当プロジェクトの表現手段であり、全容が明らかになったときには、まだ見ぬ新しいハーレーの地平が広がるはずだ。
FREEDOM MAGAZINEでは、このコラボレーション・プロジェクトの実現に不可欠なピースをフォーカスする。それが、バイク専門の「ハイ・パフォーマンス・ペイント・ファクトリー」を標榜するGlanz(グランツ)だ。なぜこのファクトリーが今回のプロジェクトに参加したのか? その理由を探るため、岩屋氏とともにグランツが居を構える東京・八王子へ向かった。
中央自動車道・八王子インターチェンジからクルマで約10分。浅川という、文字通りおだやかな川の近くにグランツのファクトリーはある。ボディショップという肩書ながら、鈑金工房が発するような金属を叩く音は聞こえない。なぜならばグランツは鈑金やキズ、ワレなども得意としつつも、塗装作業を主としているからだ。
あえて言えば小さな工場。しかもその名前が一般にはあまり知られていない事実が、実はこのファクトリーの秘めた実力を物語る。
グランツは、ハーレーダビッドソン ジャパンが2010年に認定した指定ペイントショップだ。2016年に発売された『ストリート 750(XG750 Street® 750)』の特別限定モデル「HARLEY-DAVIDSON STREET 750 限定カスタムペイントモデル」を仕上げたのもグランツだった。そのクオリティの高さによって、もはや必然的に「SEEK for FREEDOM」の重要なピースとなったのである。
「16歳で原付免許を取り、自分のバイクに缶スプレーで好きな色を塗ったのが始まりでした。他にないものにしたくて」
それがグランツを率いる高取 良昌氏のルーツ。だが、八王子を拠点にしたのはさらなる深い歴史があるという。
ハーレーダビッドソン ジャパン指定のペイントショップ「グランツ」を率いる代表の高取 良昌氏。
「この場所、元は曽祖父が興した高取染色加工所があったんです。八王子は養蚕と織物で栄えた街で、祖父の時代までは染物が家業でした。聞くところによると、当時は宮内庁御用達だったそうです。しかも曽祖父は、かつて国内に1台しかなかった外国製オートバイを乗り回した道楽者で、私が今ペイントショップをやっているのは隔世遺伝なのかもしれません。ずいぶん前ですが、茨城のほうでは色を塗ることを“染める”と言うそうで、それを聞いたときは、不思議なつながりを感じました」
人と同じものが嫌いという理由でスプレー缶を吹いた18歳から、四輪の鈑金工場を経て、1995年にグランツを設立。バイク専門ペイントの独自技術は何かと問うたら、高取氏は「人がやらないことをやる」と答えた。
「クルマと違ってバイクは、パーツが小さく細かい。だからオーナーは、たとえばフューエルタンクをいろんな角度から眺めることができる。それゆえ私たちも、一般的にはやらない裏吹きを行い、装着したら見えなくなる部分まで丁寧に塗ることを心掛けています。時間もコストもかかりますが、そこまで手をかけるのが私たちの仕事です」
クルマに比べて塗装できる面積が少ない、そして趣味の乗り物であるからこそ、オーナーの想いに対してグランツも細部までこだわる──まっすぐな眼差しでそう語る高取氏。
高取氏に聞いたみたいことがあった。プロ中のプロから見た、ハーレーダビッドソンのペイントのクオリティとは?
「どのブランドより色にこだわりを持っていますね。特殊な塗料や顔料を使っていることから、その意識が強く感じられます。正直な話、あまりに特殊で色合わせが難しい。今年4月に新しい機械を導入するので、完璧な色の配合が可能になりますよ」
その機械とは、塗装部分をスキャンするだけで700万色の塗料配合データが判明するスグレモノらしい。高取氏は新しいオモチャを説明するように喜々として語ってくれたが、本筋から離れるので割愛する。ここで伝えるべきは、最新技術の取り込みに貪欲であること。
「クリアが厚めなのもハーレーの特徴です。奥深い光沢が出るのと、小さな傷なら研いで直せるメリットを狙っているのでしょう」
もう一つ聞いておきたかったのは、一般ユーザーの依頼も受けてくれるかどうかだ。これには「もちろん」と即答だった。
「金属のサビや穴開き、ヘコミに困っている方もぜひ。ウチは外装レストアや修正が得意です。それから今後やってみたいのは、ハーレーで言うならチャプターオリジナルのカラーリングです。10台なら10台のバイクがお揃いのカラーでペイントされていたら、チームの絆が深まるじゃないですか。そろいのレザーベストを着るような感じで。私たちはバイク業界にお世話になってきましたから、私たちができる恩返しを常に考えているのです」
ここからは、今回の「SEEK for FREEDOM」のアートディレクターであるGraphersRockの岩屋 民穂氏を交えて進める。すでに岩屋氏は、高取氏との打ち合わせで数回グランツを訪れている。しかし、ベースカラーとした蛍光イエローに塗られたパーツを目の当たりにするのは今回が初めて。ブースの中で乾燥中の各部を眺め、感嘆の溜め息をついていた。
GraphersRock岩屋氏のおこしたデザインを見て、腕を組んで唸りつつもやり甲斐を感じたという高取氏。
勿体つけるようで恐縮だが、アイアン1200に施されるオリジナルデザインは現時点で非公開。ただし、岩屋氏のデザイン画を初めて見たときの高取氏の感想はお伝えできる。
「ものすごいこだわりを感じました。同時に、この案件は時間がかかるなあと(笑)」
岩屋氏が披露したのは、色や柄だけでなく、細かい文字も入れ込んだ複雑なデザインだった。ゆえに塗装だけでは済まず、文字を含んだデザイン部分は国内バイクメーカーのデカール製作を手がける倉本産業に依頼した。その件について、岩屋氏はこう説明した。
「こうした職人の方々と話し合いながら、密にデザインを詰めていく……こういう取り組みは初めて。実際にどんなものが出来上がってくるのか今から楽しみです」と岩屋氏。
「僕自身、バイクに乗ったことも、バイクカルチャーに触れたこともなかったので、あえてセオリーやマナーを無視した、自分ならではのグラフィックを考えました。作業工程がここまで複雑になるとは思わずに……」
「何も知らないからこそいい! 私はそう思いましたよ。変にバイクを知っていると、やっぱりどこかで見たものになっちゃいますから」。これは岩屋氏の発言に間髪入れず返した高取氏の意見。高取氏は、具体的なデザインより気になったものがあったという。
「新しいことにチャレンジしよう!」岩屋氏と高取氏が最も共感したところが、まさにこの“ハーレーへのチャレンジ”だった。
「岩屋さんがどういう想いでこのデザイン画を描いたのか、その意味を直接聞かないと、決して大げさではなく、魂が入らないのです。今回のコンセプトは……」
「テクノロジーとワイルドです」
「そう。だからワイルドであれば、色を吹くにしても前から後ろに流れるようにスプレーガンを吹きたいわけです。疾走する獣のように。これが後ろから前だと、尻尾を巻く犬みたいになっちゃう」
バイクのペイントをずっと手がけてきた、そしてバイクを愛しているからこそ、塗り方一つにしてもこだわりを見せる。
そのあたり、クリエイターとして共感できるところがあるのだろう。深く静かに頷いていた岩屋氏は、顔を上げて口を開いた。
「僕がつくる通常のデザインは、データ上で完結します。しかし今回は、高取さんが手で塗り、最初は想像すらできなかったデカールを手貼りするという、人の手による様々なエフェクトがかかる。これほど完成が楽しみなものはないですね」
「SEEK for FREEDOM」というコラボレーション・プロジェクトが完遂するまでの裏側を追いかける、もう一つのコラボ・ストーリー。次回は、再びグランツから完成直前の様子を報告する。
コラボレーション・デザイン・プロジェクト[SEEK for FREEDOM]特設サイト
Glanz
東京都八王子市平岡町35-3
TEL:042-625-7511
営業時間: 9:00~18:00
定休日:土曜・日曜・祝日
http://cpt-takatori.ccom
Text:田村 十七男
Photos:安井 宏充