Share The Freedom
ARTICLE

人生を変えた革製品とアメリカの旅。鎌倉の革職人が語る、スタンダードを生むクラフトマンシップ

2017.02.24

「『俺はレザー王になる!』革で物作りをすると決めた20代の前半に、そう宣言したんです。本当はこれ、書いて欲しくないんですけどね(笑)。某アニメより先に言ったのに絶対にパクったと思われるし、それを聞いた当時の友達からも呆れられましたから。でも、根拠のない変な自信だけはあったんですよ」

夢中になった革の小物作り

神奈川県鎌倉市の西部。大船駅から延びる湘南モノレールが下を走る道路に合わせて駆け上がる小高い山の途中に、水野直純さんのアトリエチェリーはある。革職人の仕事を始めたのは東京の品川。結婚を機に生まれ育った鎌倉に戻り、「通りすがりの人もいない場所に籠りたかった」という理由で、現在の場所に工房を移して約1年。ここまでの間に、20数年の歳月が経っている。

アトリエチェリーがその名を最初に知られたのは、オートバイのカスタムオーダーシートだった。水野さん自身がハーレー乗りだったので、オートバイ好きの知人を通じた注文に応じているうち、口コミで広がったのだという。ただし、オートバイ用シートはアトリエチェリーが手掛けるアイテムの一つに過ぎない。ウォレットやバッグ等、革で作れるものならおよそオーダーメイドを受けるのが水野さんのスタイルだ。

「革と付き合うきっかけは、割といい加減でしたね」
10代の水野さんが夢中になったのは、ハードコアのロックとオートバイ。そして革の小物作り。自分でもバンドを組み、様々なオートバイに乗り、その気分に合うリストバンドやベルトを作った。その全ては、明日より今という瞬間に興味を持つことを許された季節に、誰もが追いかける幻のようなものだった。

やがて夢は次々に覚める。一度は本気になったバンドを諦め、オートバイ屋に勤めるものの、毎日に違和感を覚えた。そんな中でも、革だけはずっと側にあったという。
「前から気になっていた都内の革工房に、思い切って弟子入り志願をしたことがあったんです。でも、弟子は取らないとあっさり断られた上に、『革職人なんて勝手にやればいい』と言われました」
運命論者にすれば、「その一言こそが」と色めき立つかもしれない。しかし当時の水野さんには、他にすることもない生活の始まりを告げる鐘に聞こえた。

ハーレーとの出会い、そしてアメリカへ

だが、唯一続けていた革細工の腕は自然と上がり、小物の製作を依頼した友人がその仕上がりの巧みさに驚き人に伝えると、周囲から本気でやってみたらどうかと背中を押された。それが23歳のとき。
「じゃ、アメリカに行こうと。浅はかでしたね(笑)。今考えれば、レザークラフトの現場を見たいならドイツかスペインに行くべきでした。なぜ真っ先にアメリカが思い浮かんだかというと、一つはハーレーに乗っていたからです」
渡米の少し前、1957年型の『ハイドラグライド(FL Hydra Glide)』を手に入れた。憧れ続けたハーレーの最初の1台であり、現在も乗り続けている最愛のモデルだ(取材当日は修理に出ていたため見ることが叶わなかったのが残念)。

「ハイドラグライドはパンヘッドエンジン後期のハーレーで、人気があるのはその後のショベルヘッドやエボリューションなんですけど、僕にはコイツが二枚目に見えてね。ブリキのオモチャみたいな、すっとぼけた顔つきが気に入りました。今となってはかなりの旧車ですけど、古いなりのトータルバランスを生かして乗ればすごくおもしろいし、どことなく生き物っぽさを感じるんですよ。このハーレーに触発される形で、アリゾナ、テキサス、ニューメキシコなどを3カ月に渡って旅したんですが、目新しいものは何もなかった。僕らの世代が憧れた40~50年代のアメリカは、すっかり消えてしまっていた」

13をモチーフにした黒革のウォレット

では失望だけが土産になったのか?ただひたすら良いものを作りたいと願う若き革職人は、一つのモチーフを持ち帰った。
「このウォレット、13に見えるでしょ」
そうして水野さんが取り出したのは、黒革の長財布。背の直線側を1に、緩やかな曲線が連なる開き口を3に見立てれば、確かにそこに13のアウトラインが現れる。
「西洋で13は忌み嫌われる数字ですよね。けれど、あえて13を好むのがアウトローの精神というか……。革製品の定番でもあるサドルレザーの四角いウォレットは、先人たちがアイデアを出し尽くしていたんですね。それを見てきた僕が同じものを作っても敵わないと思いました。そこで13をモチーフにしました。このカーブはただのデザインじゃなくて、デニムのヒップポケットに穴を開け難い形なんですよ。背の部分には、古い革の本の背表紙に備わっている背割れ――僕が勝手に命名したパーツを加えました。開け閉めする際の耐久性を高めるために。さらに靴からヒントを得たウィングチップを施しながら、オリジナリティを高めていきました。13はあくまで形の出発点。僕はデザインよりも機能重視です。そして、より優れた機能は機能美を兼ね備える。それがスタンダードとなって世の中に認められたら、最高に嬉しいですね」

10年、20年…水野さんが考える長く使えるもの

フルオーダーやカスタマイズを得意としながらも、アトリエチェリーではスタンダードと呼ばれるラインナップが中核を担っている。このスタンダードには、常時生産の定番商品以外に、水野さんの理想形という意味合いも込められているそうだ。

「僕にとってのスタンダードとは、価格やデザインありきではなく、こういうものを作りたいと考えた結果として生まれたものです。要するに自画自賛の商品ですけど、少なくとも自分が欲しいものでなければお客さんが買ってくれるはずがないですから。つまりウチのスタンダードは、僕の理想形。昔は他にないものをと必死になったけど、今はアトリエチェリーの定番を磨き上げることを意識しています。そう、女性向けの商品はカミさんや女友達に意見を聞きますが、カミさんは今でも言いますよ。『売ってるヤツみたい』って。売り物なのに、ヒドいでしょ(笑)」

今後作りたいものを訊ねたら、まさに革職人らしい答えが返ってきた。「革でできるものすべて」。例えば、長さを変えたいショルダーバッグのストラップは、本体が革でもナイロン製のベルトを用いることが多い。その方が、製作の手間が省けるからだ。しかし水野さんはそれを「逃げ」と嫌い、試行錯誤の末に革でも全長を変えられるベルトを生み出した。

「10年、20年。あるいは50年と、長く使えるものを作りたい。それが基本です。現在の僕らは、50年前の革張りの椅子などを分解して、半世紀も使える構造の特徴やウィークポイントを知ることができます。これは発見と驚きが多いですよ。その頃の素材でこんなに持つんだと。現在は様々なマテリアルが進化していますから、僕が今の技術を使えば70年、あるいは100年耐え得るものが作れる。それが捨てられず飽きられず、世代を超えて残っていくこと。パンヘッドのハーレーと同じですね。何人もの人が大事に乗り継いでくれたお陰で、僕の手元に届いたのですから。そういうものを作り続けることが、『レザー王になる』ということなのかもしれません」

スタンダードに関するエピソードを最後にもう一つ。アトリエチェリー初期製品の“13モチーフ”ウォレットは、売れ筋の宿命と言うべき類似品が市場に出回ったそうだ。そんな状況に憤りを覚えた水野さんはあるとき、類似品を作った若い革職人を問い質したという。
「悪気がないというか、真似したつもりはないと言うんです。つまり変形財布の一つのモチーフとして、僕が作ったものがスタンダードになったのかもしれない」
見せてくれたウォレットは、スタンピングと呼ばれる表面加工が経年変化で面一になっていた。それは、水野さんがアトリエチェリーを始めた20年前から使っているものであり、そしてまた現行品も当時と同じ型で作られているという。

(左)水野さんがアトリエチェリーを始めた20年前から使っているもの(右)現行品

ATELIER CHERRY
〒248-0036鎌倉市手広2-2-7
TEL/FAX:0467-31-8843
http://www.ateliercherry.com/

Text:田村十七男
Photos:横山マサト

PHOTO GALLERY

HARLEY-DAVIDSON JAPAN

FOLLOW US!!

POPULAR RANKING