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SANABAGUN. 岩間 俊樹が愛車・エスカレードを語る。フリーウィーラーとのセッションも!

2018.02.16

SANABAGUN. 岩間 俊樹さんの愛車、キャデラック・エスカレード。ハーレーがアメリカを象徴するマシンであるように、このクルマも非常にアメリカンな1台だ。今回は普通自動車MT免許で乗れるハーレー=トライクを前に、岩間さんの音楽のルーツ、そしてアメリカンカルチャーとのつながりを語っていただいた。

エンジンの振動 一体の鼓動 シーサイド 荒野 ミッドナイト 首都高
シーンを着こなす黒のマシーンが ライム転がすプロのマシンガン
乗ってこい 跨っちまえば誰も追って来ん
君の彼女も夢中で踊りだす ストリートにかけた男のロマン

FREEDOM MAGAZINEを愛読している皆さんなら、一発でお判りだろう。ハーレーダビッドソン ジャパンと、日本の音楽シーンの横っ腹に風穴を開けつつあるジャズ/ヒップホップチーム、SANABAGUN.のハイブリッド・プロジェクト「STREET×STREET」から生まれたオリジナル・ソング、 「We in the street」の一節だ。

そのミュージックビデオ(MV)の中で疾走感に溢れたラップを聴かせてくれるだけでなく、最後に何かを予感させるような余韻を残した出演をしているのが、チームのフロントマンであるMCの岩間 俊樹さん。彼の愛車はキャデラック・エスカレードだ。アメリカを代表するラグジュアリーなフルサイズSUVであり、バイクの世界でハーレーがそうであるように、最もアメリカらしさを感じさせるクルマの1台である。

SANABAGUN.の音楽のルーツも、ラグジュアリーSUVも、どちらも同じアメリカンカルチャーという言葉に行き当たる。その双方を、この日本という国で実践している岩間さん。そこには何か、こだわりに満ちたストーリーのようなものがありそうだ。

小さい頃からアメリカンカルチャーが身近にあった

SANABAGUN.の曲を聴いていると、折に触れてものすごく日本語というものを大切にしてる気がしてくることがある。日本語が持つ特有の言葉の響き、語感、区切り。それらが矛盾も不自然さもなくリズムやメロディに乗っている感覚。言葉の組み方にインテリジェントな緻密さすら感じられる。そこはやはり、こだわりどころなのだろうか?

「嬉しいですね。音楽メディアのインタビューだとどうしても音楽性の方に話が行ってしまって、言葉にフォーカスしてくれる人ってなかなかいないですから。歌詞を書いているのは僕とボーカルの高岩なんですけど、ラップだから言葉数的には僕の方がかなり多いんですよ。僕に関していえば、ラップの歌い方に日本の単語とか日本独特の言い回しとか、日本の言葉が持つメッセージ性だとか、そういうのがしっかりはまるようにかなり気を使っています。僕はどの口が何を吐くかが結構重要だと思ってるんです。同世代のミュージシャンとかを見てても、それじゃ本当に奥まで見える人には響かないでしょ、ってことも結構ある気がする。言葉の中にある重みが結構重要だって、そんなことを思いながらいつも歌詞を書いています」

その日米融合を巧みにこなすのはそう簡単なことではないように感じるのだが、岩間さんは「僕は日本語のラップから入って、ずっとやってきたから……」と自己分析する。そしてもうひとつ、生まれ育った環境の影響も大きかったようだ。

「出身地が青森の三沢、アメリカ空軍のベースがある街なんですよ。日米融合みたいなカルチャーは、生まれたときから身近にありました。街そのものがアメリカを受け入れる土壌を持ってるんです。メインゲートの近くに飲み屋街があって、昔はクラブも3〜4件あって、500人ぐらい入れる大箱もあって。週末、どっからこんなに集まってきたんだよっていうくらいの賑わいもあったりして。今はもう減っちゃったけど、バーも30店舗くらいありました。どこもDJブースを置いて、店の前で米兵がバーベキューやりながら楽しそうに飲んで踊って。そういうのを幼い頃から見てきました」

そして”見る”から”遊びに行く”へと成長していく。

「兄貴がDJやってたこともあって、割とすんなり馴染んじゃいました(笑)。みんな優しくて。米兵達の中には実はラップやってるとか、そういう人も結構いて、普通に話したりしてました。それが当たり前だった。アメリカがものすごく近かった。そういうの、めっちゃ大きいと思います」

中学生の頃にラップを始めた岩間さんは、卒業と同時に三沢を出て、岩手県の宮古市の学校へと進み、航海士になるための勉強をしながら宮古でラップを続けていた。そこでボーカルの高岩 遼さんと出逢うわけだが、その辺りはまた別の話だ。

「僕がラップを始めた頃というか、2002年から2007年ぐらいって、MVとかもすごくリッチ感があって、サウンドもかなり豪華で。その時代のMVには、ハマーとか、もちろんハーレーも出てくるんだけど、アメリカのゴージャスなSUVが結構出てたんです。だから”乗るならハマーだな”なんて、中学校の1〜2年の頃からそんな気持ちになってた気がします。でかくてギラギラしてる高価なクルマに乗ることが、ひとつの象徴になってたんでしょうね」

人生最大の買い物、エスカレード

ハマーに憧れていたのにエスカレードを手に入れることになったのは、どういう流れだったのだろう?

「上京して初めてやったアルバイトが、西麻布のガソリンスタンドだったんですよ。高級車が死ぬほどたくさん来るわけです。これ、いくらか判る? 5000万だぞ。5000万ですか? みたいな。そうするとだんだんベンツとかが安く感じられてくるんです。これ500万でしょ? って。とても自分じゃ買えないのに(笑)。で、ある日、エスカレードがスタンドに来たんです。キャデラックって名前は誰でも知ってるでしょ? だけどそのとき僕はエスカレードのことを知らなくて、キャデラックにもこんなでかいヤツがあるのか、かっこいいな、って思ったんです。その後に何かのMVに出てるのも見て。このクルマ、大統領を運んでね? なんて盛り上がったり。その頃からですね、いつか乗りたいって思い始めたのは」

岩間さんのエスカレードは2002年式。エスカレードとしては2代目にあたり、その威風堂々なスタイリングから今も高い人気をキープしているモデルだ。6リッターのV8エンジン、パワーは350ps、トルクは52.3kgmと強力。様々な部分に手が入って黒一色に統一されているほか、24インチという超大径ホイールを履くなど、かなりのカスタマイズが加えられている。

「この年代の、このいかつい感じが欲しかった。18〜19歳ぐらいのときに欲しいと思ってからずっと、ハマーとかじゃなくて、エスカレードに乗りたかった。で、去年の6月に買いました。女の子とデートしてたときに売り物をちょっと見に寄るだけのつもりだったんですけど、見てるうちにどんどんその気になってきちゃって。女の子も”買いなよ、ラッパーでしょ?”みたいに煽ってくるし(笑)。でも、もしかしたら一番大きかったのは、ちょうどその頃、自分がフレッシュじゃないなと感じてて、何か変えたいって思ってたことかも知れません。とにかく自分を奮い立たせなきゃいけないとも思ってた。で、買いました。昼の1時ぐらいに行って、決めたのは夜8時ぐらいです。ちょっと震えた(笑)。人生で一番高価な買い物ですからね。ラッパーなんでビビったって言いたくないけど、ビビりました(笑)」

【次ページ:ついに憧れのエスカレードを手に入れる!】

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